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2006.10.28 Sat
おかしな新聞 その8
本日の反日度指数:★★★★★☆☆

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(10月27日付け、東京新聞より)

法的拘束力は解釈次第

全国各地の公立高校で、世界史や倫理の授業がされず、生徒の卒業が危ぶまれている「必修漏れ問題」。教育基本法改正の論議にも影響を与えそうだ。ところで、必修と定められている根拠は「学習指導要領」なのだが、その位置付けはいまひとつ不鮮明だ。どれほどの法的拘束力があるのか。

学習指導要領とは、文部科学省が定めた小、中、高校、養護学校などの各教科で教えられる内容を示した基準。しばしば改定され、私立校にも適用されるが、私立では影響力が薄い。

ただ、学習指導要領の歴史をひもとくと、その位置づけの変化が分かる。1953年までは「学習指導要領(試案)」と「試案」の二文字が付き、あくまで手引きにすぎず、実際には多くの部分について各学校の自由裁量が認められていた。

これは、教育基本法が教育の国家からの独立(第十条、教育行政)をうたったように、戦前の反省から国家による思想、教育統制を避けようとしたためだ。

※「試案」消えても「法令」にあらず

しかし、現場では自由裁量の行き過ぎか、教育内容のばらつきが目立ち、国はこれに「待った」をかける。1958年には小中学校、1960年からは高校の指導要領が官報に公示され、試案の文字も消え、指導要領は半ば法的な存在になった。

しかし、法令ではない。法的拘束力があるのか、というとやはり「微妙」だ。

指導要領は学校教育法施行規則にある「教育課程の基準として別に大臣が公示する」の規定が根拠。つまり、法的な支えはあるが、内容はあくまで基準。現場の自由度をどこまで認めるのかは別の議論になる。

このあいまいさが、数多くの教育関連訴訟を生み出した。指導要領の拘束力をめぐる関係者の間で有名な最高裁判決が二つある。

一つは教員が全国一斉学力調査を阻止しようとした「(北海道)旭川学力テスト事件」(1976年)。もうひとつは教育委員会が指定する教科書を使わなかった教員の懲戒免職処分をめぐる「伝習館高校事件」(1990年)。双方とも判決は確定したものの、判決文の解釈は定まっていない。

文部省は「判決では指導要領の法的拘束力が認められた」とし、教職員組合などは「教育内容への国家的介入はできるだけ抑制的にせよと書かれている」という部分を強調する。これが「日の丸」「君が代」の指導を教員に強制できるかという問題にもつながる。

日本教育学会元会長で、東京大学の堀尾輝久名誉教授(教育学法)は「都合のいいところだけを引用するから話がおかしくなる。指導要領の精神は先生や生徒の意見も入れて柔軟に運用することだったはずだ」と苦笑する。

堀尾氏は指導要領には君が代斉唱を強制する拘束力はないとみる立場だが、必修科目や単位数など教科の全国的な枠組みについては議論を重ねたうえ「大綱的基準としてきちんと定めることが必要」と考える。

※「大学入試に枠はめるべきだ」

教育ジャーナリストの矢倉久泰氏は今回の問題について「(指導要領の)法的拘束力を論じるなら、むしろ大学入試の在り方に枠をはめるべきだ」と提言する。

「高校での教育内容を大きくはみ出した問題ばかりを出すから、今回のような必修漏れが起きた。高校までの段階で必要なのは自立した市民を育てること。そのために必要な知識と技能は何かを専門家や現場の教師を交え決めるべきだ」

結局「法的拘束力」の有無はあいまいで、国と教員組合などの力関係が反映されているのが現状だ。ちなみに旭川学力テスト事件の判決文にはこう記されている。

「子どもの教育は、教育を施す者の支配的権能ではなく、何よりまず子供の学習する権利に対応し、その充足をはかりうる立場にある者の責務に属する」

(引用終わり)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

相変わらず「おかしな記事」を、堂々と掲載しておりますなぁ、東京新聞さん。
恥ずかしくないのですか?

まずもって、記事に使用する言葉くらい、統一してくださいよ。
揚げ足を取るつもりはありませんが、これでも、プロの記者が書いた原稿ですか?
読んでいて、イライラしますわ。

例えば、
「一つ」か「ひとつ」なのか、ちゃんと統一してくださいよ。
それと、
「教職員組合」を「教員組合」と言い換えたりしておりますが、単なる脱字ですか?
「日教組や全教」と正直に書けば、こんなバカげた間違いは起こらないでしょう。
都合の悪いことは、曖昧にしようとするから、こうなるんです。

さ・て・と、料理させていただきますわ。

>双方とも判決は確定したものの

引き合いに出すなら、ちゃんと確定した判決も記載してくださいよ。
都合が悪いことは書けないんですか?
「(北海道)旭川学力テスト事件」のことはあとに回すとして、「伝習館高校事件」では、3名のバカ教師が「教科書をほとんど使用しない」偏向教育を行ったために、処分された事件ですよね。そして、処分を不服として訴訟を起こした原告は、敗訴が確定したでしょう。なぜ、きちんと書かないんですか。

>日本教育学会元会長で、東京大学の堀尾輝久名誉教授(教育学法)は「都合のいいところだけを引用するから話がおかしくなる。指導要領の精神は先生や生徒の意見も入れて柔軟に運用することだったはずだ」と苦笑する。

出ましたな。得意の権威を振りかざした「珍論」が…(笑)。
都合のいいところだけを引用するのは、サヨクの必殺技ですよなぁ。
この件でも、日教組や全教が、見事にそれをやっているではないですか。

>堀尾氏は指導要領には君が代斉唱を強制する拘束力はないとみる立場だが、必修科目や単位数など教科の全国的な枠組みについては議論を重ねたうえ「大綱的基準としてきちんと定めることが必要」と考える。

君が代斉唱には反対して、教育内容を統一することは必要なんですか。
わけわかりませんなぁ。
見事に、都合のいいところだけを引用しています。
チンプンカンプンです。

>高校での教育内容を大きくはみ出した問題ばかりを出すから、今回のような必修漏れが起きた。

はぁ?
矢倉さん、あなた本当に教育ジャーナリストなんですか?
あくまで必修科目に則って、大学の受験内容は決められているはずですよ。だ・か・ら、必修漏れが問題になったんでしょ?
高校での教育内容を大きくはみ出した問題ばかりを出すから?
何のことですか。無茶苦茶に事実を捻じ曲げておりますなぁ。
もしかして、「アホ」ですか?

>ちなみに旭川学力テスト事件の判決文にはこう記されている。

それで? 確定した判決は?
学力テストは「合憲」だという結論が出て、またもや騒ぎを起こしたバカ教師どもの敗訴が確定しているでしょう。
都合が悪いから書けないんですか?

呆れますなぁ、東京新聞さん。

クサれ記事を書くな!


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