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2006.10.27 Fri
一休さん
本日の反日度指数:☆☆☆☆☆☆☆

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

唐突ですが、私が尊敬する人物のひとりに、一休宗純がいます。
一休は、後小松帝の妾腹として生まれ、室町の世を生きた禅僧(臨済宗)です。

私が一休と出会ったのは、今から14~5年前、とある図書館で休日を過ごしていたときのことでした。
日本の中世史に興味を持ち始めたばかりの私は、当然のごとく「日本史」の本が並ぶ書棚の前をウロウロしていました。そして、その中に水上勉氏の著書「一休」を見つけたのです。その場でパラパラと捲って、面白そうだったので借りて帰りました。
それからです。一休に嵌ってしまったのは…。

一休といえば「とんちの一休さん」というイメージが強いですが、調べてみると、それは江戸時代に流行した「一休頓智噺」がベースになったもので、まぁ、現代でいう「水戸黄門」のようなフィクションだということがわかります。
頭が良いことは間違いないですが、一休が歴史に名を残した理由は、晩年に「森女」という盲目の若い女性と愛欲に耽るさまを、著書に綴って後世に残したからだと思われます。その代表作として、「狂雲集」という漢詩集があります。

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

一休が仏門に入ったのは、わずか六歳のときです。
妾腹とはいえ、本来であれば親王として御所で育ってもおかしくはありませんでした。なにしろ、後小松帝の第一子ですから…。
ところが不幸なことに、一休の母は南朝の高官を務めた公卿の家の娘でした。後小松帝は北朝系の帝です。そのため、帝の寵愛を受けていると知った他の女官から、一休の母は後小松帝の命を狙っていると讒言され、宮中を追われたのでした。そして、嵯峨野の民家を借りて身を潜め、ひっそりと一休を出産しました。
ですから、幼くして一休が仏門に預けられたわけは、息子が政治利用されることを避けるための、母の苦渋の決断であったといえます。

少年僧のころの一休は、とても純粋で聡明な神童であったと伝えられています。
たとえば、こんなエピソードがあります。
周建と名乗り、建仁寺で修行していた16歳のころのことです。

一休が、庫裏の掃除をしていたときに、兄弟子たちの話し声が聞こえてきました。耳を澄ませてみると、兄弟子たちは自分の家柄の自慢をしていたそうです。
事実、中世の仏門では、家柄で出世が決まるという悪い風習があったようです。
そのことに憤っていた一休(周建)は、自室に駆け込んで、次の漢詩をしたためました。

説法説禅挙姓名 (法を説き、禅を説いて姓名を挙ぐ)
辱人一句聴呑声 (人を辱かしむるの一句聴いて声を呑む)
問答若不識起倒 (問答もし起倒を識らずんば)
修羅勝負長無明 (修羅の勝負、無明を長ぜん)

(おしょう訳文)
仏法や禅を説く者が、やれ自分は源氏出だ藤原氏出だのと、つまらぬことを言うておる。
恥ずかしくはないのだろうか、まったく呆れるばかりである。
仏門に入った者ならば、誰もがもう釈迦の弟子で平等のはずである。どんな問答をやったって、ものの道理を識(し)らなければ話になるまい。暗い闇の中で、修羅の勝負がいつまでも続くばかりであろうよ。

恐ろしい少年僧が現れたと、周囲の者を驚かせ、兄弟子たちを慄かせたことはいうまでもありません。
五山十刹のひとつである建仁寺も、このように見事な腐敗ぶりを呈していたのです。
因みに、五山十刹とは臨済宗の大寺で、幕府の庇護を受けた「官寺」のことをいいます。

そのためか、一休は17歳になると都の大寺に見切りをつけ、西金庵というみすぼらしい庵で、ひとり暮らしていた謙翁(けんおう)禅師の弟子となります。
謙翁は妙心寺の出で、師匠から印可状を渡されそうになったとき、「そんなものはいらん」と言って寺を出たそうで、無欲の人だったようです。(妙心寺も五山十刹のひとつです)
本来、印可状といえばいわば免許皆伝の証で、法燈を受け継ぐ資格を師匠から与えられたということですから、たいへん、名誉なものです。
それを断ったわけですから、謙翁という人は、とても変わり者だったのですね。
まぁ、だからこそ、一休は惹かれたのでしょうが…。

しかし、師ひとり弟子ひとりの修行生活は、それほど長くは続きませんでした。
謙翁が病に倒れ、ついには他界してしまったのです。一休が、21歳のときでした。

純粋すぎるほど純粋だった一休は、哀しみに堪え切れず自殺を図ります。川に身を投げたのです。ところが、通りかかった人に救出され、一命をとりとめました。
そして、暫く母のもとで心の傷を癒し、ふたたび修行の道へと進みます。
琵琶湖のほとりで小さな道場を開いていた、華叟(けそう)禅師の弟子となったのです。

華叟も変わり者でした。大徳寺で印可を賜っていたにも関わらず、謙翁と同じように寺を飛び出して、数人の弟子を集めて道場暮らしをしていたわけですから…。

厳しい修行を重ねていた一休が、師匠である華叟に、はじめて認められたのは25歳のころのことだと伝えられています。
諸説ありますので、そのときのエピソードはあえて省略しますが、そのころの心境を、一休は一首の道歌にして残しております。

有漏路より 無漏路へ帰る ひとやすみ
雨ふらばふれ 風ふかばふけ

「漏」とは「煩悩」のことです。したがって、有漏路(うろじ)とは迷いがある状態で、無漏路(むろじ)とは悟った状態を指します。

(おしょう訳)
わたしは今、迷いの世界から悟りの世界へと向かう途中で「一休み」している。雨が降っても風が吹いても構うもんか。

無論、「一休」という号は、この歌に因んで師に授けられたことはいうまでもありません。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

師の華叟が病気で他界したのは、一休が35歳のときです。
その直後、一休は行方不明になります。
私は、それこそ血眼になって色々な文献を漁りましたが、一休の35歳から40歳前後のことは、どんな文献にも書いてありません。「不明」なのです。もちろん、憶測を述べる人たちはいますが…。

39歳~41歳のころ(諸説あります)、一休は突如として泉南(堺)に現れます。
そのときの一休の姿は、いがぐり頭に無精ひげ、薄汚れた墨染めの袈裟を着て、肩には朱塗りの木剣を担いでいたそうです。そしてなんと、幼児(男の子)を連れていました。実子であったようです。
現代の坊さまは、当たり前のように妻帯しておりますが、元来、仏門では妻帯はおろか、女犯も戒律で固く禁じられております。ひとつだけ例外を挙げれば「浄土真宗(当時は一向宗)」は女犯OK、妻帯OKですが、それはあくまで例外です。
禅林の僧である一休は、空白の数年を経て、見事に「不良坊主」として姿を現したのです。
いったい、空白の数年の間に、一休はどういう体験をしたのでしょうか。
それを考えると、私は夜も眠れなくなりました。

例えていえば、とても真面目で親や先生のいうことも素直に聞き、優秀な成績で一流高校に進学したA子が、一年生の夏休みを終えて登校すると、「金髪のくるくるパーマ」で「耳には大きなピアス」をして、「けばけばしい厚化粧」で現れた…。
このくらい、前後のギャップがある、といっても過言ではないでしょう。

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

晩年の一休の交友関係を探りますと、非常に興味深い人物の名が浮かび上がります。
ひとりは、本願寺の蓮如。そして、もうひとりは、能役者の金春禅竹です。

蓮如といえば、親鸞の子孫であり、一向宗(浄土真宗)を、一躍、巨大教団に育て上げた怪僧です。そして、金春禅竹は、今でも残る「金春座」の中興の祖で、世阿弥の女婿でもあった人物です。
実際、能の謡曲である「江口」と「山姥」は、一休の作という説もあります。

これらの史実もふまえ、恐れ多くも私は、今年の初めに一休を主人公にした長編小説を書きあげました。
その内容は、「空白の数年間、一休はどこで何をやっていたか」という私なりの仮説です。
一休に出会い、実に14~5年をかけて研究してきた結果、書くことができたものでした。
ところが残念ながら、某大手出版社の新人賞に投稿したところ、見事に「ボツ原」と相成りました(トホホっ…)。

よって、たいへん長々となりましたが、苦労して書き上げた小説が「ボツ原」となった悔し紛れに、発作的にエントリーしたのが今回の記事です。

▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽▽

私が特に気に入っている、一休の道歌をいくつか紹介します。

わけのぼる ふもとの道は多けれど 同じ高嶺の 月をながむる

年ごとに 咲けき吉野の山桜 樹を割りてみよ 花のありかを

くもりなき ひとつの月をもちながら 浮世の雲に 迷いぬるかな
(注:雲は「やみ」と読みます)

人の世は 食ふて稼ひでねて起きて さてそのあとは 死ぬるばかりぞ

生まるれば 死ぬるばかりぞおしなべて 釈迦も達磨も 猫も杓子も

※ 一見、一休は人の一生を非常にドライに詠っているようですが、私はそうは思いません。
貴賎、卑賤を問わず、人の命は等しく尊いのだ…。
そう、訴えているように思えるのです。

▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲▲

ちなみに、私のHNである「おしょう」は、一休禅師とは何ら関係ありません。
高校時代の後輩の一部が、私のことを「おしょう先輩」と呼んでいたことに因んだものです。恥ずかしながら、そのころから私は、能書きを垂れ流していたようです(苦笑)。

以上、ご拝読賜り、ありがとうございました(礼)。


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Comment
Posted by milesta
へぇぇ、知らないことばかりでびっくりです。
知っていたのは、「後小松帝の妾腹として生まれた。」ということくらいです。

しかもおしょうさん、小説を書かれたとは、凄いですね。
一回応募したものは、他の出版社などに持ち込んだらいけないんですか?
2006.10.27 Fri 12:26 URL [ Edit ]
Posted by ゆた
小説いつか読みたいです。ぜひアップしてください!
一休さんは不良だったんですね。私には
「すっきっ、すっきっ、・・・」のイメージしかありませんでした。苦笑)
2006.10.27 Fri 15:52 URL [ Edit ]
ひぇ~! Posted by 八咫烏
今日は星無しで安心して読ませて頂きました。
が、小説まで書かれていたとは!
是非是非読みたいものです。
2006.10.27 Fri 17:40 URL [ Edit ]
一休の 偉人伝説 聞くにつれ 我思うのは 己の未熟(自作) Posted by NS大川
イメージとぜんぜん違うんやな~。
とんちの一休さんのイメージしかない。

一休さんって、不良だったんですか?
へえ!思うに、遠山の金さんにしろ水戸黄門にしろ、小さいときに不良だった人って、結構な偉人になってますがな。
・・・・今の不良に、それだけの器があれば!

>私が特に気に入っている、一休の道歌をいくつか紹介します。

いいですね!コレ。

じゃあ、私も道歌をひとつ(作った)

山かげに 月光照らす 温泉地 二泊三日の 命の洗濯  
2006.10.27 Fri 18:56 URL [ Edit ]
Posted by DUCE
アニメでも一休さんの母上は身分の高い女性だったようですが、その部分は実話だったんですね。
2006.10.27 Fri 19:06 URL [ Edit ]
「山かげに」→「山肌に」 Posted by NS大川
↑の道歌の冒頭は、「山肌に」に訂正します。あのままだとイマイチだから。
2006.10.27 Fri 19:43 URL [ Edit ]
一休寺 Posted by 小楠
おしょうさん、小説書かれていたのですか。
びっくりです。
私もうっかり変な文章書けないですねー。
一休さんのお寺。京都府の田辺にありますね。何回か前を通っていましたが、入ったことはないんです。
子どもの絵で見る一休さんは可愛らしいのですが、肖像は似ても似つかない顔でしょ。
2006.10.27 Fri 20:25 URL [ Edit ]
ふーむ・・・。 Posted by 白兎
おしょうさん。非常に勉強になりました。一休宗純は、たしか80になって、森女という盲目の琵琶引きと恋仲になり、一子をもうけたという話をきいたあります。どうも、百合の球根を焼いて食うと、一生男として機能するようです。どうでもいいネタだしましたことをお詫び申し上げます・・・。
2006.10.27 Fri 22:10 URL [ Edit ]
milestaさん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>へぇぇ、知らないことばかりでびっくりです。

やっぱり…。
「とんちの~」が一人歩きしている証拠ですなぁ。

>知っていたのは、「後小松帝の妾腹として生まれた。」ということくらいです。

えっ!
それは、ご存知だったのですかぁ。
実は、否定する学者もいるのですぞ。

>しかもおしょうさん、小説を書かれたとは、凄いですね。

実は…、作家を志しておりまして(赤面)。
まだプロではありませんが、本業は、もの書きのつもりです。

>一回応募したものは、他の出版社などに持ち込んだらいけないんですか?

う~ん、今は、電算が発達しておりますので、二重投稿を防ぐために、大手出版社同士は情報交換を行っていると聞きます。
ですから、「ボツ原」を持ち込んでも、鼻で笑われる可能性が高いでしょうなぁ。
零細出版社なら別ですが…。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 08:40 URL [ Edit ]
ゆたさん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>小説いつか読みたいです。ぜひアップしてください!

ちなみに、上記の小説は、原稿用紙で480枚ほどのものです。
これは、文字数でいうと約12万字ほどで、このブログで紹介するのは難しいかと…。

>一休さんは不良だったんですね。

だからこそ、後世に名を残すことになったのでしょう。

>「すっきっ、すっきっ、・・・」のイメージしかありませんでした。苦笑)

やっぱりそうですよね(苦笑)。
「とんちの~」も、語り物としては面白いでしょうが、あまりに史実とかけ離れていると、人物価値を下げることにもなりかねません。難しいところですなぁ。

また、遊びにきてください。
2006.10.28 Sat 09:48 URL [ Edit ]
八咫烏さん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>今日は星無しで安心して読ませて頂きました。

肩透かしを食らっている「反日ども」のことを思うと、思わず、笑みがこぼれます。

>が、小説まで書かれていたとは!

実は、このブログを立ち上げたのも、多くの方の「生の声」を聞いて、執筆活動に生かそうという下心からでして…。
古くから、このブログに訪れてくださっている方は、ご承知のことなのですが(苦笑)。

>是非是非読みたいものです。

ホントですか!
読んでいただけるなら、原稿を送らせていただきます。
ぜひ、辛口の批評をお聞かせ願いたいものです。

下記アドレスに、テストメールください。

hirokazu.1216@s9.dion.ne.jp

ちなみに、現代小説もあります。児童虐待を主題にしたものです。もちろん、それも「ボツ原」ですが…。
でも結構、若い方たちには好評(?)いただいているんですよ(苦笑)。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 09:50 URL [ Edit ]
NS大川さん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>一休の 偉人伝説 聞くにつれ 我思うのは 己の未熟(自作)

相変わらず、歌がウマイですなぁ。関心します。

>イメージとぜんぜん違うんやな~。
とんちの一休さんのイメージしかない。

やっぱり…。

>一休さんって、不良だったんですか?

当時の仏門の常識を無視した、いわば「破戒坊主」です。親鸞と同じですな。

>へえ!思うに、遠山の金さんにしろ水戸黄門にしろ、小さいときに不良だった人って、結構な偉人になってますがな。

人間の「業(ごう)」は、もしかしたら、そういうものなのかもしれません。
早めに過ちに気づいて改心するタイプと、一方、気づいたときには「遅かった」というタイプと…。

>・・・・今の不良に、それだけの器があれば!

期待するだけ無駄でしょうなぁ(苦笑)。残念ですが…。

>山肌に 月光照らす 温泉地 二泊三日の 命の洗濯

(返歌↓)
おぼろ月 コンビニ照らす 宵闇に かすんで見ゆる 不良どもかな

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 09:51 URL [ Edit ]
DUCEさん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>アニメでも一休さんの母上は身分の高い女性だったようですが、その部分は実話だったんですね。

だと…、思います。私の調べた限りでは…。
実際に、一休の母の遺したものと伝えられる「遺書」が現存します。
千葉県の「館山寺」というところにです。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 09:52 URL [ Edit ]
小楠さん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>おしょうさん、小説書かれていたのですか。
びっくりです。

そういえば、小楠さんもご存知なかったですかぁ(苦笑)。

>私もうっかり変な文章書けないですねー。

んがっ! イジメないでください(笑)。

>一休さんのお寺。京都府の田辺にありますね。何回か前を通っていましたが、入ったことはないんです。

そうです、正式には「酬恩庵」といいます。
その寺内には、「宗純王墓」と書かれた掲板があるようですが、宮内庁管理のため、一般の人には、お参りできないようです。

>子どもの絵で見る一休さんは可愛らしいのですが、肖像は似ても似つかない顔でしょ。

言っちゃ悪いですが、「サル面」ですね。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 09:53 URL [ Edit ]
白兎さん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

さて、
>おしょうさん。非常に勉強になりました。

うううっ…。脂汗が額に浮いて参りました…。

>一休宗純は、たしか80になって、森女という盲目の琵琶引きと恋仲になり、一子をもうけたという話をきいたあります。

う~ん、もうちょっと前…(77歳)という説を、私は支持しております。
まぁ、さほど変わりませんが…。
森女との間に、「一子をもうけた」という話は、私はマユツバだと思っております。
でも、ありうるのかなぁ。
主観ではなく、もう一度、調べ直してみます。

>どうも、百合の球根を焼いて食うと、一生男として機能するようです。

ユリの球根ですかぁ…。
む~ん、なんか苦そうですなぁ。
でも、それで「精力アップ」なら、スケベな男どもは競って食うでしょうなぁ(笑)。

>どうでもいいネタだしましたことをお詫び申し上げます・・・。

いえいえ、再考する楽しみが生まれました。ありがとうございます。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 09:55 URL [ Edit ]
Posted by milesta
>「後小松帝の妾腹として生まれた。」

は、名前は覚えていませんでしたが「天皇の妾腹」だと歴史部だった主人から聞きました。
主人と歴史の話をすると、いつも「何も知らないんだなぁ。」と呆れられます。
2006.10.28 Sat 12:26 URL [ Edit ]
milesta さん Posted by おしょう
>名前は覚えていませんでしたが「天皇の妾腹」だと歴史部だった主人から聞きました。

おおっ、ご主人は歴史にお詳しいんですか。

>主人と歴史の話をすると、いつも「何も知らないんだなぁ。」と呆れられます。

いいですなぁ。そういう会話ができるご夫婦って…。
人間、死ぬまで「学び」を忘れてはいけません。ただ、ぼさ~っと毎日を過ごすのでは、時間がもったいないです。
「あなた、そんなことも知らないの?」
きっとmilesta さんも、ご自身の得意分野では、ご主人にこう言って苦笑させているのでしょうなぁ(笑)。
お互いに、学び合えるとは、実に素晴らしいではないですか。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.28 Sat 16:19 URL [ Edit ]
また腹が立つものを Posted by 小楠
話題違いですが、
ご存知でしたか?
今日見つけたのですが、毎日新聞も叩き潰したいですよ。
http://www.saga-chiji.jp/kaiken/06-9-28/shitsumon1.html
2006.10.28 Sat 21:48 URL [ Edit ]
小楠さん Posted by おしょう
確かに、この記者会見の内容は非道いですな。吐き気がします。
質問をしている毎日新聞の記者は、100%「サヨク」だと断定して間違いないでしょう。
明日の毎日新聞朝刊の、佐賀県版は要チェックですなぁ。
2006.10.29 Sun 14:56 URL [ Edit ]
是非 Posted by 小楠
>>小楠さんが動かなければ、私が「ぶっ叩こう」と思いまして。

いやいや、是非おしょう様節で、この記者と毎日新聞を糾弾して欲しいのが本音でした。
多くのブログでやって欲しいですよ。

両陛下の行幸は28日で、産経ウェブで記事が出ていました。
2006.10.29 Sun 17:38 URL [ Edit ]
小楠さん Posted by おしょう
んっ?
今日ではなく、昨日でしたか…。
早速、産経ウェブの記事、チェックします。
2006.10.29 Sun 18:14 URL [ Edit ]
一休さん Posted by かっぱやろう
そゆ方だったでスか。
恥ずかしながら、あまり詳しく知らなかったもので・・・
大変勉強になりまスた。
ありがとうおじゃりまス。
<(_ _)>
2006.10.30 Mon 01:10 URL [ Edit ]
かっぱやろうさん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

やはり、アニメのイメージが強いですか(笑)。
一休は、88歳まで長生きするのですが、不良坊主となり、堺の町に現れてからは、一ヶ所には定住せず、畿内を転々と放浪したと伝えられています。
いいですなぁ、そういう生き方も…。
とにかく、何なら何まで、型破りな坊さまだったようです。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.30 Mon 17:57 URL [ Edit ]
一休さん(実物とアニメでは差がありますね) Posted by クリスタニア
アニメの一休さんのイメージが有り過ぎです。
NHKだったか何かでテレビで昔やっていて見たような記憶がありますので、実物は不良坊主にあったのは知ってました^^

こんなエピソードがあったのまでは、知らなかったので、お勉強になりました。
2006.10.30 Mon 21:58 URL [ Edit ]
クリスタニアさん Posted by おしょう
いらっしゃいませ。いつもありがとうございます。

アニメの一休さんは、子どもですよね。
実在した一休も、子どものころは利発であったと伝えられておりますから、それほどかけ離れたイメージではないのかもしれません。
問題は、行方不明になった後です。
どうして不良坊主になったのか。
一休を変えたものは何だったのか。
やはり、興味は尽きません。
また、新たな発見があったら、紹介させていただきます。

また、遊びにきてください(礼)。
2006.10.31 Tue 08:05 URL [ Edit ]

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一休さん一休さん(いっきゅうさん)は臨済宗の禅僧一休宗純の愛称。主に、その生涯に様々な説話を残した事から江戸時代に説話が作られ、頓知|とんちで有名となる。昭和の中頃まで、絵本の童話の題材、紙芝居の題材として良く用いられていた。特に、屏風
ちひろの日記 2007.06.14 Thu 06:46

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