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2007.08.31 Fri
元慰安婦は、本当に哀れなり
本日の反日度指数:★★★★★☆☆

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

久しぶりに、東京新聞より引用します。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(以下、引用)

兵士に殴られ、体に入れ墨・刀傷… 在日慰安婦苦しみの記憶
2007年8月30日 夕刊

日韓メンバーによる異色ドキュメンタリー映画「オレの心は負けてない」がこの夏、完成した。1990年代に「在日」としてただ一人、「旧日本軍の慰安婦だった」と名乗りを上げ、10年に及ぶ国家賠償裁判を闘った宋神道(ソン・シンド)さん(85)=宮城県在住=と、支援者たちとの交流を描いた。裁判には敗れたが、苦しみの記憶をさらけだした宋さんの言葉は熱く未来に向けられている。 (佐藤直子)

喜怒哀楽たっぷり、早口の東北弁で話す宋さんがスクリーンに映し出される。今月下旬、東京都内で開かれた初の上映会で、宋さんは何度も目をこすった。「自分(のこと)なのにおかしいな」

宋さんは二二年に日本植民地下の朝鮮半島忠清南道で生まれた。十六歳のときに親の決めた結婚から逃げ出し、「戦地でお国(日本)のために働けば、結婚しなくても生きられる」と言う朝鮮人にだまされ、旧日本軍が占領した中国の街の慰安所に連れて行かれた。

それから日本が敗れるまでの七年間、砲弾の音が響く前線で将兵の性の相手を強要された。逃げたくても逃げられなかった。「逆らったら、殺されるべ」。兵士に何度も顔を殴られ、耳はよく聞こえない。腕には「金子(かねこ)」という日本名の入れ墨。身体のあちこちには刀傷が残る。

四六年五月、「結婚しよう」と言った軍曹の言葉を信じて引き揚げ船で日本に渡ったが、博多港に着いた途端に置き去りにされた。途方に暮れた宋さんは在日同胞の男性と暮らし始めたが、日本国籍を持たないために恩給も支給されなかった。

在日社会も頼れず、魚工場や工事現場で日銭を稼ぐ生活。「人の真心が(自分には)分からない」と、孤独の中で閉ざしてきた宋さんの心に光が差すのは、九〇年代になってからだ。

日本の慰安婦問題をめぐって韓国人被害者、金学順さん(故人)が東京地裁に提訴した九一年、日本の支援団体が開いた電話相談に宋さんに関する匿名情報が寄せられた。

その情報を頼りに宮城県の宋さんを訪ねた作家の川田文子さんに、宋さんは「おめえと同じ年ごろの子を中国に置いてきた」と語った。慰安所で何度も妊娠し、死産した子を自分でおなかから引っ張り出したことも打ち明け「痛いどころじゃないよ。恥ずかしいべし」と顔を伏せた。

「在日の慰安婦裁判を支える会」が結成され、九三年、宋さんは日本政府を相手に提訴。十年の闘いは二〇〇三年、最高裁で敗訴が確定したが、半世紀も胸にため込んだ思いを吐き出し、自分の体験を受け止める人がいることを確認しながら、宋さんは変わっていった。

映画はそんな変化を追いかける。弁論のたびに撮りためられた膨大なビデオ映像を、韓国人映像作家の安海龍(アン・ヘリョン)さんが監督した。「オレは弾の下をくぐって生き延びたんだ」。宋さんが集会で開けっぴろげに歌うのは、日本の軍歌。裁判に負けて涙ぐむ支援者を逆に宋さんが励ますシーンは圧巻だ。

「日本人は(日本を)恥ずかしくないよう生きていける国にしなきゃ。戦争は二度とダメだ。国のためじゃない、自分のためだ」。宋さんの願いはただ一つしかない。

上映などの問い合わせは「支える会」=03(6324)5737=へ。

(以上、原文ママ)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

しかし…、どうして反日マスコミや反日日本人たちは、不幸な過去を背負った人たちを利用(悪用といってもいいでしょう)するのでしょうか。

この、宋神道(ソン・シンド)さんは、

>十六歳のときに親の決めた結婚から逃げ出し、「戦地でお国(日本)のために働けば、結婚しなくても生きられる」と言う朝鮮人にだまされ、旧日本軍が占領した中国の街の慰安所に連れて行かれた。

と、自ら証言しているじゃないですか。

つまり、親とケンカして家出をしたら、悪い朝鮮人に騙されたわけでしょう。
訴えるのであれば、騙した朝鮮人であり、売春宿の経営者ではないんですか?
小学生でもわかる理屈でしょう。日本政府に責任がないのは明らかであり、裁判に負けて当然です。
それを、反日マスコミや反日日本人たちは、あたかも正義の味方ヅラして、元売春婦の人たちを晒し者にしている…。

東京新聞さん。日ごろ、「人権、人権」と、バカのひとつ覚えみたいに叫んでおりますが、あなたたちは、本当に「不幸な元売春婦たち」の、人権を大切にしているのですか?


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テーマ:慰安婦問題 - ジャンル:政治・経済
東京新聞    Comment(28)   TrackBack(0)   Top↑

2007.02.04 Sun
おかしな新聞 その13
本日の反日度指数:★※★◆■▲*£※★★●▲▼★∞

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

私の実名はつるたひろかずと申します。
別に、都合が悪いから隠し立てしていたわけではありません。
本日の東京新聞朝刊に目を通してみて、あらためて声を大にして公表する気持ちになりました。
よって、ついでに在日朝鮮人の通名廃止を強く訴えます!

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(H19.2.4付け東京新聞社説より、以下引用)

現実主義の落とし穴

日本社会では、大勢に流される傾向が顕著になり、民主主義が劣化しています。“仕方なしデモクラシー”から脱却するには現実主義を疑うことが大事です。

教育基本法が改定され、防衛庁は省に昇格しました。安倍晋三首相は新憲法の早期制定を目指し、国民投票法案を今度の国会で成立させようとしています。「戦後からの脱却」の流れに一段と拍車がかかります。

どれも日本という国と日本人の将来を決定的に左右する事柄です。国民的議論がわき起こって当然なのにさして盛り上がりません。抵抗しても無駄という雰囲気が広がり、「駄目なものは駄目」と言い続ける意識が弱まっています。

◆心の在り方に踏み込む

他方で、かつてのタブー「愛国心要求」に代わって「愛国心強制に反対」することがタブーになり、公権力が人の心の在り方に踏み込むことが当たり前のようにいわれます。インターネットには、戦後、多くの日本人が築き上げ大切にしてきたものを、責任を取らずにすむ匿名でののしる世界があります。

敗戦を機にゼロから歩みだし、半世紀余で大いに進展したはずだった日本の民主主義は、戦争の傷跡が社会から消え、人々の記憶が薄れるにつれて劣化しています。

「責任ある言論戦を経て自分たちで判断し決める」という原点を忘れて、敗戦直後に米誌「ニューズウィーク」が名付けたという“仕方なしデモクラシー”が復活しました。

戦後的価値観を否定するキーワードは「現実」です。

「日本国憲法の非武装平和主義は国際社会の現実に合わない」「基本的人権、個人の尊重を名目に、現実にはエゴがまかり通っている」「世界有数の軍事力を有する自衛隊を軍隊扱いしないのは非現実的であり、憲法は時代遅れだ」などと、改憲論者は強調します。

◆“仕方ない”とあきらめ

政治学者、丸山真男氏(故人)は一九五二年に発表した論文(「現実」主義の陥穽)で、今日の事態を予期したかのようにこうした現実論のまやかしを批判しました。

丸山氏によれば、「現実とは一面において与えられたものであると同時に、他面では日々つくられていくもの」ですが、「普通、わが国では現実というときはもっぱら前者だけが前面に出て後者は無視され」ます。

それはあきらめに転化し、異議があっても「現実だから仕方ない」と屈服を迫られます。戦前戦中のファシズム、軍国主義に対する抵抗力を内側から崩していったのがこうした現実観だったことは、丸山氏に指摘されるまでもなく明らかです。

敗戦により武力に頼らない国造りに踏み出した日本ですが、冷戦時代への突入とともに、指導者たちは現実を憲法に合わないものにする政治を積み重ねてきました。その矛盾をごまかし切れなくなって噴き出したのが昨今の改憲論です。

その一方で、六十年間、他国と戦火を交えず、戦闘による犠牲者を一人も出していないという重要な現実はあまり語られません。

“糖衣錠”のような自民党の新憲法案ではプライバシー、環境権、犯罪被害者の権利など「人権をより尊重」する論議もなされました。

しかし、それによって仮面社会化や重罰化が過度に進み、表現の自由や容疑者、被告人の人権が不当に狭められるおそれがあります。安全保障の問題に目を奪われ、こうした論点は軽視されがちです。

憲法に関して「理想か現実か」といった単純思考をすると日本の将来を誤ります。さまざまな論点がある改憲案に対し、まとめて是非を答えさせるのは危険です。

国民投票法案によれば改憲発議は関連項目がまとめて行われるため、条文ごとにイエスかノーかを表明できません。これでは改憲すべきか否か全体を一括して二者択一を迫るのと基本的には同じです。

新憲法案の成案を示さずに国民投票法案だけを先行して成立させることを急ぐうさんくささが、この一点だけでも分かります。

アフガニスタン、イラク開戦の際、戦争支持一色に染まっていた米国の世論は、昨年の中間選挙ではブッシュ政権のイラク政策に「ノー」を突きつけ、復元力を示しました。

小泉純一郎前首相は開戦を直ちに支持し、その後も米国追随を続けました。安倍首相もそれを踏襲し、さらに改憲でこの国を戦争のできる国に変えようとしています。

国民投票法案の審議を通じ、また七月の参院選で、日本の民主主義は元気を取り戻せるのでしょうか。まさに正念場です。

◆ 押しつぶされる自発性

「つくられた」ことを無視し、所与性のみを前面に出す現実観に立つと、その時々の支配者の選択が常に是とされ、国民各人の自発的思考が押しつぶされるのは、丸山氏の言った通りです。その揚げ句がルール変更による違反追認です。

それを防ぐには、「理想論」「観念的」という非難にひるまず「現実論」に挑まねばなりません。

(以上、原文ママ)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

>インターネットには、戦後、多くの日本人が築き上げ大切にしてきたものを、責任を取らずにすむ匿名でののしる世界があります。

言ってくれますなぁ問う狂?新聞さん(苦笑)。
喜んで、「釣られて」あげましょう。
さぁ、私は今後、実名を記してブログ運営をしていきますよ。だから、オタクらも社説を書いた記者の名前くらい明示しなさいよ(怒)。
『人のふり見て我がふり直せ』
知りませんか↑この諺を…(ニヤリ)。

>「日本国憲法の非武装平和主義は国際社会の現実に合わない」「基本的人権、個人の尊重を名目に、現実にはエゴがまかり通っている」「世界有数の軍事力を有する自衛隊を軍隊扱いしないのは非現実的であり、憲法は時代遅れだ」などと、改憲論者は強調します。

ひとつの立派な意見ではないですか。
それに対し、批判をするなら具体的にしてくださいよ。私や他の愛国者の方々のようにね。

>その一方で、六十年間、他国と戦火を交えず、戦闘による犠牲者を一人も出していないという重要な現実はあまり語られません。

この現実と、改憲論と、どう繋がるのでしょう?
まさか、「憲法9条のおかげで戦争が起きなかった」とかいう得意のネゴトを言うつもりではないでしょうな。
ふざけないでくださいよ。
例えば仮に、旧ソ連や中国や韓国や北朝鮮が、一方的に日本に対して軍事攻撃を仕掛けてきた場合があったとしても、日本は「憲法9条のおかげ」で戦争にならなかったと言い切れるのですかな?
あ~、アホらし。

>憲法に関して「理想か現実か」といった単純思考をすると日本の将来を誤ります。さまざまな論点がある改憲案に対し、まとめて是非を答えさせるのは危険です。

んっ?
相変わらず、わけわかりませんなぁ(苦笑)。
「理想(?)」の塊で、現実を一切無視してこの問題を論じているのは、いつもサヨクと反日日本人の大バカ野郎たちでしょう?

>国民投票法案によれば改憲発議は関連項目がまとめて行われるため、条文ごとにイエスかノーかを表明できません。これでは改憲すべきか否か全体を一括して二者択一を迫るのと基本的には同じです。

それでいいではないですか。
いちいち、条文ごとに賛否を問うていたら、それこそ収集がつきませんよ。
そんなことくらい、小学生でもわかる理屈ですがなぁ。
オタクらは、小学生以下ですな。

>「理想論」「観念的」という非難にひるまず「現実論」に挑まねばなりません。

胸に手を当てて、自問自答してください。よ~く噛み締めてね(苦笑)。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

また、血圧計が壊れました(怒)。


東京新聞    Comment(32)   TrackBack(2)   Top↑

2007.01.15 Mon
おかしな新聞 その12

本日の反日度指数:★★★★★★☆

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

恐縮ながら、頭の中が「執筆モード」になっておりますゆえ、またもや横着して、問題提起だけさせていただきまする。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(東京新聞1月14日付け「社説」より引用)

『公共』は国境を超える

改定教育基本法に「公共の精神」の言葉が盛り込まれました。国家の枠にとらわれず、身の回りから、地球規模まで視野に入れた「公共」を考えたいものです。

「コモンズの悲劇」というエピソードがあります。

コモンズというのは、英国の農民らが慣習的に共同利用してきた共有地とその仕組みのことです。

たとえば、ヒツジを飼う放牧地があります。農民たちが共同利用しています。そこで、ある農民が自分のヒツジを一頭増やしたとします。当然、資産が増えて、得をします。

◆「コモンズ」の悲劇とは

では、農民みんなが得をしようと、次々とヒツジを一頭、また一頭と増やしたらどうなるでしょうか。

えさとなる牧草はどんどん減って、ついには、その牧草地は滅んでしまいます。米国の生物学者ハーディンが一九六八年に問題提起した「悲劇」のかたちです。

日本にも古くから「コモンズ」はありました。山や川などの資源を村の人々で共有する、いわゆる入会(いりあい)権の形で、今でも残っています。

地方地方でさまざまな形態の違いはありますが、山の所有者は主に、そこに生える樹木を所有します。でも、山に入れば、枯れ木が落ちていたり、キノコが生えていたり、動物たちが生息しています。それらは村人が、それぞれ自分のモノにできるという慣例が入会権です。

「総有」という言葉もあります。村人たちが共同で山を持ち、森がもたらすさまざまな恵みを村人がそれぞれ享受するわけです。山は「みんなのモノ」でもあるし、「自分のモノ」でもあるわけです。

でも、ハーディンが心配したような「悲劇」は起こりませんでした。それは村の人々が、山や川の資源維持を何より大切な倫理規範としたからです。

それこそが「公共」の世界でした。村人は山の恵みをむやみに乱獲したりはしませんでした。お互い守り合った暗黙のルールこそが、「公共の精神」でした。

かつては「結(ゆい)」と呼ばれる共同作業の制度もありました。上から押しつけられた「公共の精神」ではなく、「みんなのための公」でした。

◆教育勅語が強いた「公」

しかし、「公」の文字は、「みんなのため」ではなく、「お上」や「国家」の意味でも用いられます。

古くは律令(りつりょう)制時代に「公田(くでん)」と「私田」がありました。「公田」とは国家に直属する田んぼでした。今でも「公用車」といえば、「みんなの車」の意味ではなく、「役所の車」のことです。

明治から終戦までの近代日本は、そうした国家主義的な「公」を強化する歴史を積み重ねました。天皇を中心とした国家体制に国民を組み込む理念として、子どもたちに「公」の文字が教え込まれました。

その典型的な役割を果たしたのが、「教育勅語」です。その中にこんな一節があります。

《一旦緩急(いったんかんきゅう)アレハ義勇公ニ奉シ》

要するに非常事態が起これば、義勇心を発揮し、「公」である国の安全に奉仕しなければならない。命を投げ出してでも、「お国のために尽くせ」という意味でしょう。「滅私奉公」が唱えられた時代です。

安倍晋三首相が考える「公」も、国家そのものでしょう。なぜなら、著書の中で太平洋戦争末期に死んでいった特攻隊の若者を例に引き、こう書いているからです。

《彼らは『公』の場で発する言葉と、『私』の感情の発露を区別することを知っていた。(中略)愛(いと)しい人のことを想(おも)いつつも、日本という国の悠久の歴史が続くことを願ったのである》

ここで語られる「公」とは、「公=国家」です。しかし、この国家たる「公」と改定教育基本法に盛り込まれた「国を愛する態度を養う」という徳目とが結びついて、“連鎖反応”を始めると、戦前の愛国教育と似た構造になりはしないか。そんな危うさが漂っています。

むしろ、今の時代に必要な「公」とは、「みんなのための公」です。

市場主義や競争主義という価値観がなだれ込んで、日本は弱肉強食型の社会へと変わってきています。

格差というより、貧困が社会問題化しています。他者を踏みつけてでも「勝ち組」になろうという精神がはびこると、人と人との信頼や連帯は駆逐され、社会はぎすぎすします。私利私欲が幅をきかせます。

そんな時代こそ、お互い助け合う「公共」をつむぎ直さねばなりません。個人と社会をつなぐ役割は、NPO法人(特定非営利活動法人)などが果たすでしょう。福祉やまちづくりなどの身近な「公共」や、環境、人権、平和など、地球規模の「公共」の場面で活動しています。

◆奪い合えば滅亡の恐れ

地球温暖化や食料危機が心配される今世紀です。資源は限りあるものです。奪い合えば、争い、そして滅びます。国家の枠を超えた「公共」の理念を構築しておかないと、ハーディンが問題提起した「コモンズの悲劇」を迎えかねません。

(以上、原文ママ)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

相変わらず、わけがわかりません(苦笑)。
この「反日新聞」は、いったい何が言いたいのでしょう?

健全な愛国者の皆さま、ぜひ、ご意見くだされ(平伏)。


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東京新聞    Comment(18)   TrackBack(0)   Top↑

2006.11.19 Sun
おかしな新聞 その11
本日の反日度指数:★★★★★☆☆

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

とりあえずは、軽くジャブからいかせていただきます。
十八番(オハコ)である、東京新聞ネタです。

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(平成18年11月18日付朝刊より、以下引用)

護憲運動に足りない「笑い」

三十年来のヅカ(宝塚歌劇団)ファンですが、古本屋で買った戦前の「宝塚春秋」を見て驚きました。昭和十五(1940)年二月の「森永ビタミンBビスケット」の広告が、一ヵ月後には「森永軍用型乾パン」に変わっていた。

ビスケットを食べられた生活から、乾パンを食べざるを得ない生活への変化は、あっという間の出来事だったわけです。乾パンの広告と同じ号にはこんな言葉もありました。「戦地へ甘いものを送りませう!」

私が戦争が嫌いだと思うのは痛くて苦しい死に方をしたくないから。男の場合、苦しい死に方をしたとしても「名誉の戦死」として自己満足することができるし、殴られたら殴り返せる能力と腕力を与えられている。

でも女はやり返す能力がないから、やられっぱなしで死ぬしかない。だから戦争なんかで殺されたくない、というのが原点にあります。これを男にも分かるように説明するのは無理なんだろうな、とは思うけど。

私にとっての憲法とは、「まっとうな人間として生きていきたい、と考える者にとってはケチのつけようのない正しいこと」が書いてあるもの。にもかかわらず、憲法の条文に書かれている理想はまだ実現されていないのだから、「改憲」=「改悪」でしかない。

護憲を訴える人たち、特に男の護憲派には「九条さえ守ればいい。憲法二十四条(両性の平等)などどうでもいい」と思っている人が少なくないように思える。ゆえに私は、彼らと行動を共にする気にはなれない。

今の護憲運動に足りないのは「笑い」。「笑い」を生むためには、その対象をきちんと整理し、そしゃくする必要がある。護憲派が改憲論を笑い飛ばすことができてこそ、普通の人たちの支持を得ることも可能になるはずです。

荷宮和子(にみや・かずこ)
1963年生まれ。漫画や宝塚歌劇、キャラクターグッズなどに関するコラムを雑誌などに執筆。「若者はなぜ怒らなくなったのか」「バリバリのハト派」「キャラクターバカ一代」など著書多数。43歳。

(以上、原文ママ)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

さて、みなさんこのバカを、どう捌きましょう。
はっきり言って、一言一句、すべてに突っ込みが入れられます。
参りますなぁ。なぜ、東京新聞は、こういうバカ記事を堂々と恥ずかしげもなく掲載するのでしょう。あらためて、その神経を疑う次第です。

む~ん。(←迷ってる)

む~ん。(←早く決めろ!)

では、こうしましょう。
今般は、私は「さわり」だけの突っ込みで済ませます。
無論、手抜きをするわけではありませんが、本文の一部を抜粋して、私が勝手に推薦した方に、突っ込みを入れていただきたく存じます。
どうか、ご協力ください(礼)。
当然、私が推薦した方以外でも、どんどん突っ込んでいただいていいことは、言うまでもありません。このバカとバカ新聞を、衆目の面前で、徹底的に笑い者にしてやろうではないですか(ニヤリ)。

早速、はじめます。
まずは私から…、
>1963年生まれ

サヨクの得意芸ですなぁ。ちゃんと、昭和38年と併記してください。これだけで、反日だとバレますよ(笑)。

>漫画や宝塚歌劇、キャラクターグッズなどに関するコラムを雑誌などに執筆

なるほど、作家の端くれですかぁ。だったら、小学生の作文みたいな文章を書くのはやめてくださいよ。揚げ足を取るつもりはありませんが、「である」調と、「ですます」調がごっちゃになった文章は、読んでいてイライラします。どちらかに、統一してください。

>「若者はなぜ怒らなくなったのか」

はぁ?
内容を読むまでもないですなぁ(爆笑)。
若者は、怒らなくなったのですか?
あなた、妄想が酷すぎますなぁ。

>バリバリのハト派

そうですかぁ。おめでとうございます。

>キャラクターバカ一代

読んでもいないのに恐縮ですが、もちろん、自身のことを書いた書ですよね?

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

>三十年来のヅカ(宝塚歌劇団)ファンですが、古本屋で買った戦前の「宝塚春秋」を見て驚きました。昭和十五(1940)年二月の「森永ビタミンBビスケット」の広告が、一ヵ月後には「森永軍用型乾パン」に変わっていた。

静流さん、何某さん、お願いします(礼)。

>ビスケットを食べられた生活から、乾パンを食べざるを得ない生活への変化は、あっという間の出来事だったわけです。乾パンの広告と同じ号にはこんな言葉もありました。「戦地へ甘いものを送りませう!」

かっぱさん、しょぼさん、トンチャモンさん、お願いします(礼)。

>私が戦争が嫌いだと思うのは痛くて苦しい死に方をしたくないから。男の場合、苦しい死に方をしたとしても「名誉の戦死」として自己満足することができるし、殴られたら殴り返せる能力と腕力を与えられている。

白兎さん、NS大川さん、miracleさん、お願いします(礼)。

>でも女はやり返す能力がないから、やられっぱなしで死ぬしかない。だから戦争なんかで殺されたくない、というのが原点にあります。これを男にも分かるように説明するのは無理なんだろうな、とは思うけど。

milestaさん、ゆたさん、お願いします(礼)。

>私にとっての憲法とは、「まっとうな人間として生きていきたい、と考える者にとってはケチのつけようのない正しいこと」が書いてあるもの。にもかかわらず、憲法の条文に書かれている理想はまだ実現されていないのだから、「改憲」=「改悪」でしかない。

黒羊さん、小楠さん、八咫さん、お願いします(礼)。

>護憲を訴える人たち、特に男の護憲派には「九条さえ守ればいい。憲法二十四条(両性の平等)などどうでもいい」と思っている人が少なくないように思える。ゆえに私は、彼らと行動を共にする気にはなれない。

おtonoさん、DUCEさん、クリスタニアさん、お願いします(礼)。

>今の護憲運動に足りないのは「笑い」。「笑い」を生むためには、その対象をきちんと整理し、そしゃくする必要がある。護憲派が改憲論を笑い飛ばすことができてこそ、普通の人たちの支持を得ることも可能になるはずです。

最後に、さんぼさん、この妄言と合わせて、総括をお願いします(礼)。

くり返しますが、私が推薦した方以外でも、どんどんご意見をください(礼)。


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東京新聞    Comment(24)   TrackBack(0)   Top↑

2006.11.12 Sun
ブログは公開日記ですかぁ?
本日の反日度指数:★★★★☆☆☆
(とりあえず、控えめにしておきます)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

(11月11日付、東京新聞朝刊「発言」欄より)

報道とブログ 混同しないで
会社員 TKさん(41)神奈川県平塚市

近ごろ「ブログが炎上」という言葉をよく耳にする。あるブログに載せられたコメントに対して、不快に感じた大勢の人からの批判が集中することだと認識している。

個人的には、ブログなどは私的な公開日記のようなもので、「そんなものにいちいち目くじらを立てなさんな」という気がするが、新聞のウェブサイトにリンクされていたり、ジャーナリスト自らのブログがあったりするなど、読む側からすると、報道と日記の区別がつきにくいのかもしれない。

また、ブログを書く側も、何やらジャーナリストや評論家のような書き方をする人もいるから、双方の垣根は低くなっているような錯覚を覚えてしまう。確かにわれわれ一般人のごまめの歯ぎしりを世間に発信できるブログは、この上なく魅力的なものに映る。

しかし、報道との間には背負っているものの大きさで雲泥の差があると思う。われわれがその辺を混同してしまうのは問題であるにしても、ある程度はやむを得ない気がする。だが、報道機関自らが混同されるのを助長するような姿勢を持つのは歓迎できない。

また、ジャーナリストは、時期を世間に発信できることからくる責任の大きさとプロとしての誇りを強く認識してほしい、と思う。

(以上、引用終わり)

◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇

なるほど…、さすが東京新聞の購読者らしい投稿です(笑)。

新聞やテレビなどのマスコミが、限りなくインチキに近い偏向報道をくり返して国民を欺き、そして世論誘導をしようとしていることは、すでに多くの人が知ることとなっております。
ブログは、単なる「個人の公開日記」ではありません。無論、そのつもりでブログを運営している管理人も中にはいるでしょうが、おしなべてそうと決めつけるのは、軽率すぎると思います。

だいいち、マスコミは金儲けが目的で経営されている企業体ではないですか。いうなれば、私たち国民は「お客さま」ですよ。その点をしっかりと頭に入れて、TKさんにも論じていただきたいと思います。

近い将来、新聞やテレビは「単なる情報の発信源のひとつ」に成り下がるでしょう。多くの人たちが、数多く氾濫する情報を吟味し、何が真実かを自分で判断できる時代になりつつあります。

東京新聞さん、よ~く肝に銘じておいたほうが身のためですよ(笑)。


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