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2006.10.13 Fri
さきざきさん
本日は、日本の「民話」をご紹介します。

「さきざき」とは、将来のこと。
「さきざきが思いやられる」「さきざきのために貯金をしよう」というように使いますが、この言葉から意外な展開が…。とぼけたおばあさんと、おこりっぽいおじいさんがとてもおもしろいです。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

むかし、あるところにおじいさんとおばあさんがおったそうな。 
おじいさんは、まじめに働いて、すこしばかりのお金をためておった。 
おじいさんは、「このお金は、わしらのさきざき(先々)のために、おいとくお金じゃから、大事にしまっとけよ」といつも、おばあさんに言っておった。おばあさんは、大事なお金じゃけえと、ひまさえあればお金を数えておった。

ある日、おばあさんがお金を数えておると、ものもらいが来て、「何か、もらえるものはないか」と言って、家の中をきょろきょろ見回した。
「ごらんのとおりの貧乏人ですけえ、あげるものはなんにもありません」というと、ものもらいは、「いま数えておるその金をくれえ」というた。
「このお金は、さきざきのためにとっとくお金ですけえ、あげられません」
ものもらいは、ちょっとだましちゃろうと思って、「おばあさん、このわしが、その『さきざき』だがな」というたと。
「あっそうですか。あなたさんが『さきざきさん』ですかいな。それでは、どうぞ」といって、おばあさんは、ためとったお金を全部わたしてしもうたそうな。

晩方になって、おじいさんが帰ってきて、おばあさんは、「今日、さきざきさんが来なさったんで、お金をぜーんぶ渡したけえ」と話したそうな。おじいさんは、びっくりするやら、あきれるやら、「さきざきいうたら、わしらのこれからさきのくらしのことじゃが、なんちゅうことをしてくれたか」といって、かんかんに怒ったそうな。
「もうすぐ正月がくるのに、年をこす金もない。夜逃げするしかあないなあ」といって、おじいさんとおばさんは、身支度をして夜が来るのを待っておったそうな。

どこの家も寝静まったころに、おじいさんは、「さあ行こう、おばあさんや、戸をしめとけや」と言って、先に家から出ていった。おばあさんは、少し耳が遠いもんで「戸をもっていくんだかや?」と聞き返した。
「何を言うか、戸をしめとけよというたんじゃ」と、近所に聞こえんように小声で言うたんで、おばあさんは、また、「戸をもって行くんだか?」と聞き返した。
おじいさんは腹がたってしもうて、「勝手にせえ」と言って、さっさと先に行ってしもうた。おばあさんは、戸を背負うたり、さげたりしながら、やっこらやっこらおじいさんのあとを追いかけた。

やっと峠まで来たときには、くたびれてしもうてもう一歩も歩けんようになってしもうたと。
「おじいさん、おじいさん。もう歩けん。一休みしよう」といって、大きな木の根元で休むことにした。しばらく休んでおると、むこうの方から大勢の人がやって来るような人声がしたそうな。二人は、夜逃げが見つかっちゃあ困るので、木の上にのぼってかくれることにした。おじいさんが先にのぼって、「おばあさん、早うのぼってこいや、戸はそこへ置いときゃあええから」というたが、おばあさんは、「戸を持ってあがるんだか?」と聞いたそうな。
「何を言うか、戸を置いとけや言うたんじゃ」
おばあさんは、よう聞きとれんで、なんべんも聞いたんじゃと。
おじいさんは、人声も近づいてきたんで、いらいらしてきて「勝手にせえ」というたから、おばあさんは、一所懸命、持ちにくい戸を持って、やっとの思いで木にのぼったそうな。

ちょうどそのとき、ガヤガヤ言うとった連中が木の下に来て、輪になって座ったそうな。
「今日は、たくさんのお金が手に入った。みんなで山分けにしよう」といって、明かりを灯して、真ん中にいっぱいのお金を置いて数えだした。
おばあさんが、ふと見ると、その連中のなかに昼間にお金を持っていった『さきざきさん』がいるのがわかったそうな。おばあさんは、戸が重たいのをがまんして、一所懸命さげとったんじゃが、手がだるうなって、「おじいさん、重とうてがまんできん。落としてもええだか?」
「何を言うか、下におるのは恐い連中じゃで、落とさんようにしっかり持っとけ」
「手がだるうてだるうて、しんぼうできん」と言うて、とうとう手をはなしてしもうたもんだけえ、「ガタ、ガタッ、バッターン!」と、大きな音がして、連中の頭の上に落ちてしもうたんじゃてえ。

木の下で輪になっていた連中は、びっくりぎょうてんして、とんで逃げて行った。
おじいさんとおばあさんは、「えらいことになったのう、降りてみよう」といって降りてみると、お金がどっさり残っておったんで、喜んで持って帰って、いっぺんに大金持ちになったんじゃと。
むかしこっぷりどじょうのめ。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

このところ、「将軍さまの核実験」という非常に不愉快な話題を続けて取り上げておりましたので、ちょっと「ひと息」入れてみたくなりました。

日本の民話集といえば「御伽草子」が代表的なものですが、この「お話」も、恐らく同じころに作られたものではないかと思います。今から約600年ほど前、といったことろでしょうか。

粗末な紙に書写したり、あるいは、親から子へ、子から孫へと語り継がれてきた昔話の数々…。
決してバカにはできません。日本の大切な文化です。

どうか、失われることなく、「さきざき」へと残していって欲しいものです。


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2006.10.09 Mon
ニッポンの心 №1

つれづれわぶる人は、いかなる心ならむ。紛るる方なく、ただ独りあるのみこそよけれ。

世に従へば、心、ほかの塵に奪はれて惑ひやすく、人に交はれば、言葉よその聞きに従ひて、さながら心にあらず。人にたはむれ、ものに争ひ、ひとたびは恨み、ひとたびは喜ぶ。そのこと定まれることなし。分別みだりに起こりて、得失やむ時なし。惑ひの上に酔へり。酔ひのうちに夢をなす。走りて忙はしく、ほれて忘れたること、人皆かくのごとし。

いまだ誠の道を知らずとも、縁(えにし)を離れて身を閑かにし、事にあづからずして心を安くせむこそ、暫く楽しぶともいひつべけれ。

生活・人事(にんじ)・伎能・学問等の諸縁を止めよ、とこそ、摩訶止観にも侍(はべ)れ。

※徒然草 第七十五段 「つれづれわぶる人」より

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

「徒然草」は、私が愛読している古典の中のひとつです。年に二回ほどは読み返しているでしょうか。
当初は、南北朝時代の資料のひとつとして読んでおりましたが、歳を重ねるにつれ、その哲学的ともいえる内容に惹かれてゆく自分を感じています。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

(おしょう訳文)

やることが見つからず、時間を持て余す人というのは、いったい何を考えているのだろうか。取り立てて用事がなく、ひとりでいるときこそが、人間にとっては最高だというのに…。

世の中には様々な「しがらみ」があり、心は常に不安定で惑いやすく、人と一緒にいると、嫌でも相手の話に合わせなければならないこともあり、自分の本心を見失ってしまいがちだ。また、人づきあいには摩擦が多く、金のトラブルも起きるし、ちょっとしたことで人を恨んだり、反対に喜んだり…と、とにかく平穏を保つことは難しい。常識的な判断など二の次にして、人は損得勘定ばかりに気をとられている。それは、人の心を失い、ただただ欲望のみに酔いしれているためだ。しかも、その欲望は現実を無視して、叶わぬ夢を追っているようでもある。コソコソと走り回り、自分を見失って大切なことを忘れてしまう。なんともはや…、見渡せば誰もがそうではないか。

まだ、この世の真理を悟っていなくても、人づきあいの「しがらみ」から身を引いて、何もせずに心を安定させてこそ、束の間であっても楽しいひとときになることだろう。

悩み疲れたときは、日常生活の雑事、人づきあい、仕事、そして学問などは一切忘れろ、と「摩訶止観(中国天台宗の根本聖典)」にも書いてあるではないか。

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

上記は、私の勝手な「訳文」です。したがって、誤りがあるかもしれません。悪しからずご容赦ください。

ここ数日、「忙しいなぁ、まいったなぁ」と呟きながら、書棚から何の気なしに手にとって、職場に持っていったのが、読み古されてボロボロになった「徒然草」でした。
仕事の合間に項を捲って、「う~ん」と唸ってしまったのが、ご紹介した「第七十五段」です。

ひとり、自分の心を静かに見つめる時間…。

作者の卜部兼好(うらべかねよし)が言う通り、人間にとって至福のひとときかもしれません。

せめて、月に一、二度…、たとえ一時間でもいいですから、忙しい日々を忘れて、心を洗濯する時間を作りたいものです。


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